前回紹介した「自然災害増シナリオ」「水不足シナリオ」に続いて、
気候変動が地域にもたらす3つのシナリオ、「食糧危機シナリオ」「健康被害シナリオ」「文化喪失シナリオ」を紹介していきたい。
健康被害シナリオ
気候変動が人間の身体や精神面にネガティブな影響を及ぼすというシナリオである。
最もわかりやすいのは、猛暑日が続くことによる熱中症の増加であろう。特に、高齢者や乳幼児などがその被害を被りやすい。また、自然災害の増加に伴い、身体的な負傷やPTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる心のダメージを受ける人が増加している。
今世紀最大のトピックである「感染症」も気候変動の影響でさらに増加・拡大することが懸念されている。自然災害発生時の避難所や避難中・復旧中の住宅は衛生環境が悪く、密になりがちなため、新型コロナウィルスやインフルエンザなどの感染症が蔓延しやすい。また、生物の生息地の変化による蚊の増加、猛暑・水不足による水質の悪化など、病原菌が繁殖しやすい環境が増えており、新たな感染症が発生するリスクが高い。凍土や氷河の融解により、古代に凍結された病原菌が再生するリスクも報じられている。経済成長・都市化の流れで人が未開拓の森林地帯などに立ち入り、高密度な都市で生活し、国境を超えて移動する、現代とは、まさに感染症が拡大する条件が整った時代であり、気候変動がそれを後押しするのだ。
食糧危機シナリオ
気候変動の影響は地球で暮らす動植物の生態系に甚大な影響を与えている。こう聞くと、「希少な動物(例えば、佐渡ヶ島のトキ)が絶滅の危機にあるから、守らなければならない」というような、あくまで自分の生活とは直接関係がないことのように思う人は多いであろう(トキが絶滅して、すぐ困る人はごくわずかであろう)。しかし、動植物の生態系が危機にあるということは、その生態系の中で生き、動植物の命をもらいうけ生きている私たち人類も間違いなく危機にあるのだ。
気候変動の結果、海水温が変わり、水生生物の生息環境が変わりつつある。わかりやすいのが、サンゴの白化(死へ至る前段階の兆候)であろう。サンゴが死滅するのは、海の景観の問題だけではない。海洋生物の4分の1から3分の1の種類はサンゴに生息しているると言われているため、多くの海洋生物の生息環境に多大な影響があるのだ。
気温、水温の上昇により、生物の寒い地域への極地移動や海中での垂直移動が起きている。ニホンジカの北限は岩手県だったのだが、近年では北上しており、その結果新たな獣害が発生している。鹿などへの吸血で生きているヒルが鹿とともに北上し、農家など人間への被害も報告されている。
欧州でも、日本国内でも、気温や降水量の変化により、ワイン用のブドウ栽培に適した場所が高地や北上へと移動しつつある。気候の変化により、今まで豊富に収穫できた作物の収穫量が減ることは、地域の一次産業の存亡に関わる重大事であろう。さらに、九州などを近年直撃する自然災害の頻発により、農業が壊滅的被害を受けるケースも多い。
農業に適した場所、耕作適地という概念が、気候変動により変わりつつあるのだ。
このように、様々な点で気候変動の一次産業への影響は大きく、結果的に地域の基幹産業の衰退や地域間での食料紛争などにもつながりかねない。まさに、地域にとって無視できないシナリオである。
文化喪失シナリオ
最後は人間を人間たらしめているもの、「文化」が喪失するシナリオである。
食糧危機シナリオで登場したような貴重な生物の絶滅、自然遺産が危機にあるのは、わかりやすい変化であろう。日本各地には、春の桜や秋の紅葉、冬の雪景色など、気候と自然・建造物の組み合わせによる文化遺産が山ほどある。これらが、時期がずれる、短くなる、体験できないなどの事態が全国各地で頻発している。北国の風物詩である雪まつりが雪不足や暖冬による彫像の倒壊の恐れで、期間短縮や中止に追い込まれる事態は既に発生している。
凍土の融解が引き起こす火山活動の活発化による酸性雨や高潮・洪水による塩害等で、歴史的な建造物が損傷するというケースも海外では報告されている。2019年後半からのオーストラリアでの山火事による森林の消失とコアラなどの希少動物の大量死も気候変動による空気の乾燥と関係が深いと推測される。
気候変動は、日本の地域の魅力、豊かさのの根源ともいうべき「文化」に多大な影響を与えうるのだ。
KEYNOTE07・08では、気候変動が地域にもたらす5つのシナリオ、「自然災害増シナリオ」「水不足シナリオ」「食糧危機シナリオ」「健康被害シナリオ」「文化喪失シナリオ」を紹介した。来月号では、この現在の状況を見据えた未来の対応について考えてみたい。
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