KEYNOTE11 気候が変わる、食が変わる

KEYNOTE11 気候が変わる、食が変わる

今号では気候変動が日本の農業と食に与える影響がわかりやすい事例として、長野県のワイン用葡萄の栽培とワイン製造の状況をお伝えしたい。

上信越道を新潟に向かい車を走らせ軽井沢を過ぎるあたりから、千曲川を挟み緩やかな河岸段丘がとてもわかりやすく広がる地域がある。ワイン産地としても注目されている長野県の東信地域である。ワインは素材としてのブドウの出来栄えがダイレクトにその年のワインの品質へと反映されやすい。だからこそ、温暖化の影響で栽培するブドウの品種や生育状況、その先にあるワインの味わいに変化が生まれているという。

そこで今回は、ソムリエ(兼)経営者として、10年以上飲食店を経営し、3年前から生まれ育った坂城町でワイン用ブドウを育て、ワイナリーをオープンした坂城葡萄酒醸造の成澤篤人さんに話を聞いた。

 

気候変動でワインの産地はどう変わる?

長野以外にも山梨や北海道など、日本のワイン産地として思いつく地域はいくつかあるかもしれない。長野ワインの特徴を聞くと、「信州は日本の産地の中でも、比較的ヨーロッパ系ブドウの生産が多い地域なことが特徴です。」と成澤さんは教えてくれた。

長野県では、冬の寒さに強いアメリカ系ナイヤガラやコンコードなどの品種が育られてきた。しかし、冬の凍害が減ってきた1990年代後半より、それまで多くなかったワイン用のヨーロッパ系ブドウの栽培に着手する人が増えたという。

長野の最古の産地である塩尻市の桔梗ヶ原地区は、諏訪湖の御神渡り(氷が山脈のように盛り上がる氷の鞍状隆起現象)がある年は特に凍害が酷く、必ずブドウが枯れてしまうと言われていたのが、最近は御神渡りが出現しない年も多く、凍害が減っているようだ。こうした気温の変化、寒さの緩和が、長野を日本でも有数のヨーロッパ系ブドウの産地として育てたひとつの要因となっている。

「海外でも、フランスのシャンパーニュで古くから造られてきたスパークリングワインがイギリスでも造られるようになりましたし、2019年は長らく限られた品種でのワイン造りを重んじてきたフランスのボルドー地区が、ボルドーワインとし暑さに強い補助品種を7種類も認めました。これはワイン業界の世界的ビックニュースです。温暖化により既存のブドウだけではこれまでのボルドーワインの味を担保できないと考えていることの現れだと言われています」

世界のワイン産地の過去50年の気温変化とワインの評価の関係性を調べると、各産地での気温上昇とともに、比較的冷涼な地域でのワインの評価が特に大きく上がっているという研究(Jones G.V. et al., 2004)もある。日本のワイン産地というと、甲州(山梨)が最もメジャーだが、近年はその北である信州(長野)での生産量が上昇傾向にある。

気温と糖と酸

そもそも、気温の移り変わりと、ワインに用いるブドウ品種にはどんな関係があるのか。ワイン造りにおいてブドウに含まれる糖と酸のバランスが非常に重要であるようだ。

「ワインに使うブドウは、高い糖度を保持していてかつ、酸をしっかり含んでいることが大切です。果物は気温が暖かくなると糖度が上がりそれと並行して酸度が落ちるのが一般的です。しかし、長野の気候は、夏の昼間に気温が高くなり糖度が上がり、夜にしっかり気温が下がり酸を維持することができ、糖と酸の両立に適していると言われています。つまり、この地域で良いブドウ作りをするためには夏季の気温の寒暖差が非常に重要なのです。」と成澤さんはいう。

ブドウを収穫するときも糖度が上がり酸が落ちてしまう前の絶妙なタイミングを狙うのだそう。

ワインの味わいを人間の身体に例えるなら、糖は肉で酸は骨のようなもので、気温が高く糖度が上がり酸が落ちるとお肉だけのブヨブヨの身体になってしまうのだそうだ。

「ブドウは果実になってからの成熟期間が長いと良いブドウが採れるといわれているので、糖度と酸度のバランスは穏やかなカーブを描けるような関係が望ましい。気温がしっかり上がると糖度は上がるのですが、限界もあって35度〜40度くらいでブドウは活動をストップし生存維持のために省エネ状態になるので上がりすぎるのも困ります。また、ブドウの品種によって好む気温も異なります。そのため、畑にあったブドウを選ぶのも大切なことです。」

 

気候の変化に適応したワイン造り

夏季の寒暖差が大きいことがワイン産地としての長野の大きな利点であることは前述した通りであるが、その長野のもう1つの特徴は、近しい地域の中で標高差があることだそうだ。

長野県内のワイン用ブドウの産地は低いところで400メートルくらいから高いところでは900メートルくらいの高地にまで広がる。

「東御市の800mに位置するワイナリーでは98年頃は凍害があるから誰からも無理だと言われていたのが、今では非常に良いブドウが採れています。北部の高山村の400m台の畑の方は、以前から冷涼なところを好むシャルドネやソーヴィニヨンブランを育てていましたが、34年前くらいから暖かく厳しい環境になってきたと話していました。」と成澤さん。

ブドウの苗木を植えてから最初の実をつけるまで3年から5年の時間がかかる。それがワイン用に適した実をつけるようになるまでとなればもっとかかる。気温が高くなってきたから、この畑のこのブドウはやめて次のブドウを植えましょう、なんて簡単にはいかない。

「わたしのワイナリーはわたしの地元である坂城町でブドウを栽培しています。長野県の産地の中では比較的標高の低い畑が多いですが、それでも400m台のところから700m台くらいの標高差のところに畑が点在しています。そのため、同じブドウを育てても、400m700mで異なるキャラクターを感じられて飲み比べれば楽しいですし、400mの畑は糖度をしっかり上げてくれますし、700mの畑はより酸を維持してくれるので双方をブレンドして良いバランスをコントロールすることもできるのです。冷涼なところを好むソーヴィニヨンブランは、フランスではすっきりと爽やかな辛口のワインとして人気ですが、標高400m台の坂城の畑で育てるとトロピカルなニュアンスが出てくる、といった楽しみもあるんですよ。」

気候の変動に伴い、ワインの生育環境が変わり、味が変わる。しかし、その味の変化をブドウの個性として捉え、その環境に適応したワインづくりに取り組む。そして、日本ならではの狭い地域内での標高差を活かす。これこそ、日本の農業ならではの気候変動適応策なのかもしれない。

<出典>

Jones G. V., White M. A., Cooper O. R.(2004)  “Climate change global wine quality”, Climatic Change

ジェイミーグッド (2008). ワインの科学 河出書房新社

 

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