KEYNOTE10 石垣島から見る日本の海の危機

KEYNOTE10 石垣島から見る日本の海の危機

今号は気候変動現場取材第二弾として、石垣島(沖縄県石垣市)の状況をお伝えしたい。

日本屈指のサンゴ礁を持つ沖縄県八重山諸島の石垣島周辺の海は、ダイバーなら誰もが一度は潜りたいと願う海洋生物の宝庫。このエリアのサンゴ礁が近年、気候変動の影響により危機に晒されているという。生まれも育ちも石垣島で、その大自然を相手にアドベンチャーガイドをしている大松さん(通称、ケンちゃん)は「お客様は“海が本当に綺麗ですね”とよく言われますが、30年以上前を知っている自分には今の石垣の海が綺麗だとはあまり思えなくなってきています」と話す。

日本人なら誰もが想像できるくらいに美しいあの沖縄の海に、一体何が起きているのだろうか。

 

台風が来ない、海水温度が下がらない

台風シーズンになると、フィリピン沖で発生した台風が徐々にその威力を拡大し、最大の勢力を伴って毎年、石垣島周辺を襲っていた。それが、2016年はなかなか現れなかったのだという。

「沖縄は台風が多くて大変だねとと言われるんですが、台風は悪いことばかりじゃないんです。台風が来ることで、石垣の海は表面の温かい海水と海底の冷たい水かき混ぜられ、温度を一定に保ってるんです。」ケンちゃんはそう語る。

海水温上昇の影響を大きく受ける代表的な生物がサンゴである。石垣島にほとんど台風が来なかった2016年。海水温が下がることなく高止まりし、大規模なサンゴの白化現象が起きてしまったのだ。 サンゴに寄生し栄養の供給源ともなっている褐虫藻のおかげで、サンゴは鮮やかに色づいている。しかし、海水温の上昇により褐虫藻が弱ったり死滅することで、栄養の供給源を失い、色素を失い白くなる。これがサンゴ白化のメカニズムである。

サンゴが白化することで困るのは観光産業だけではない。様々な種類の造礁サンゴの群生によって形作られた海の地形、サンゴ礁には多様な海の生物が住む。そこに住む海の生物たち、それらを獲って生業とする漁師たちなど、海の生態系そのものやそれを取り巻く産業や地域経済、この地の食文化さえも影響を受けるのだ。

「石垣島の近くで孵化したサンゴの赤ちゃんは海流に乗って、沖縄本島から本土まで移動して、成長していくんですよ。2016年のように石垣のサンゴが9割も白化してしまえば他の地域のサンゴまでも影響を及ぼすことになるんです。」とケンちゃんは教えてくれた。石垣はいわば日本のサンゴのふるさとでもあるのだ。

ケンちゃんも、これまで何度も白化現象を見てきているものの、いつも23年すると蘇ってきてその生命力に驚かされるという。2016年の白化現象のあとも、少しずつ蘇ってきているのを感じているが、台風が少ない年がまた来て海水温が高い状態が続くと、せっかく蘇ってきたサンゴの海が再生できないうちにまた弱ってしまうのではないかと心配する。

「今年も、台風が少なくて、既に9月くらいから白化しているサンゴやイソギンチャクを見かけています。イソギンチャクが白化するとクマノミも生きられなくなります。」ニモでお馴染みの海のアイドル・カクレクマノミも生存の危機にさらされているのだ。

 

 

変化する台風と風

ケンちゃんがもうひとつ台風に関して感じている変化を教えてくれた。

「フィリピン沖で発生した台風が、最近石垣島付近で発生することが多くなってきました。」

石垣島付近で発生する台風は本州に近づくにつれて、勢力を増し、近年は本州、特に九州や西日本地域で大きな台風被害をもたらしている。

「沖縄の人は台風とともに暮らしてきたので、家も台風に耐えられるつくりになっているんですよ。旅行で本州に行くと、屋根もこんな作りの屋根で台風が来たらどうするんだろうといつも思ってしまうんです。台風で横転している車は全て観光客のレンタカーです。僕らは事前にガソリン満タンにして重い荷物を積み込みますから」

気候変動により台風の発生源が移動しつつある現在、台風の被害を小さくするために沖縄の暮らしに学べることがあるにちがいない。

沖縄の人たちは、台風だけではなく季節の風の変化に敏感なのだという。「沖縄には季節の訪れを知らせてくれる風が色々あります。例えば梅雨明け、夏の訪れを知らせてくれる風はカーチバイ(夏至南風)といいます。5月の伝統行事であるハーリー(海神祭)が終わり、カーチバイが吹いて梅雨明けになると言われています。」

この風の到来が特にこの5年くらいの間でずれてきている感覚があるという。34月の花が一斉に咲き乱れる沖縄の言葉で「うりずん(潤い初め)」の季節も花咲く時期がずれたりと、季節の折々でおかしいなと思うことが増えたという。

ダイビングインストラクターである奥様の友美さんは「石垣は冬が近づくと11- 12月くらいから北風が強くなります。北風の吹き方と時期が変わってきています。9-10月はマンタの求愛行動のシーズンで、世界中からダイバーが求愛ダンスを見に来ます。この時期は、いつもなら南風や東風なのに、今年(インタビュー実施の10月上旬)はすでに北風が強くてマンタのスポットにアクセスが難しい日が増えています。」とも。

 

おわりに

気候変動の影響で生じている石垣島周辺の課題をSDGs17領域に整理してみた。

海水温の上昇が、風や台風などの気象に、それがサンゴなどの沖縄の海の生態系、そして沖縄の漁業や観光業に。さらには、九州など本土の災害と海洋生態系にまで影響を及ぼしていることがわかる。やはり、様々な課題同士は、そして地域同士はつながっているのだ。

大松さん夫妻は、石垣の海の環境の悪化は、観光客や農地開発などの人間の影響が大きいとも繰り返し語っていた。気候変動も元を辿れば人間活動によるものである。人間の様々な無秩序な行動がこの美しき豊かな生態系を死へと追いやっているのだ。

 

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書籍情報

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