KEYNOTE09 郡上市から見る気候変動

KEYNOTE09 郡上市から見る気候変動

地球規模の気候変動が地域経済や私達の毎日の暮らしにどう影響を及ぼすかを理解することは難しい。そこで、私がプロジェクトに関わっている岐阜県郡上市を舞台に、気候変動が地域にもたらす影響に関するフィールドワーク(現地調査)とインタビューを行ったので、その調査結果を報告したい。インタビューと現地調査に協力頂いたのは、another home gujo 代表の由留木正之さん。28年前に郡上に移住以来、自給自足の生活をしながら人と自然を結ぶ仕事をおこなって来た、川と森の達人である。

岐阜県の中央、山岳丘陵地帯に位置する人口約3.9万人の自治体、郡上市。市のほぼ全域が長良川の流域に位置する。夏は山や川遊び、冬はスキー、郡上おどりで知られる小京都・郡上八幡の市街観光も楽しめる。この町が誇る多様な自然と文化は気候変動の影響を確実に受けているという。

 

集中豪雨に耐えられない森

郡上といえば、郡上鮎と呼ばれる高級魚・鮎の存在を忘れることができない。

「移住した90年代前半、郡上の川に潜ると、それはもうパラダイスでした。釣りがまだまだ上手ではなかったけれど、竿を垂らせば、ほんの数時間でビクがいっぱいになって、貧乏だった僕の暮らしは川の幸に助けられました。でも、今は昔のような巨大で濃い群れで泳いでいるところは見かけないし、釣れる量は半減どころかそれ以下です。」と由留木さんはいう。

鮎・イワナ・アマゴなど長良川流域の淡水生物の個体数の減少は、長良川河口堰(下流の河口部に治水と利水を目的に作られ、水位を制御する施設)が原因とも言われているが、気候変動により川の状態が大きく変わったことも大きく影響しているようだ。

「ここ最近のとんでもない雨の降り方がの川魚の稚魚の生育に大き影響を与えていると思うんですよね。土砂が留まり川が浅くなっているところも多いので、春にかえった稚魚たちが隠れる場所もないし、水量の上昇で流されたり死んでしまう稚魚も多いと思うんです。」

どうやら、気候変動に伴う雨の振り方の変化が大きく関係しているようだ。近年の全国的な雨の特徴として、集中豪雨があげられる。山間部の一部にバケツを引っくり返したような大量の雨が降り注ぎ、山の土砂が大量に川に滑り落ち、川は濁り、水量が急激にあがる。川に流れ込んだ土砂は下流へと流れ、川底に堆積する。

豪雨により土砂が崩れ川に流れ込むのは、手入れ不足の人工林によることが多い。郡上の森も人間の手で植林された杉やヒノキなどの姿が目につく。人工林の大半は間伐などの手入れがなされておらず、地面まで日光が差し込まず、地表に植物が育たない。いわゆる「死んだ森」と言われる状態だ。草木が生い茂り、木が深く根を張った森は、多少の豪雨でも持ちこたえられる。しかし、死んだ森の土壌はすぐに崩れ、土砂が川へと流れ込んでしまうのだ。

「鮎は歯がなく、苔を唇ではむように食べるんですが、土砂を被った苔を食べようと岩をはみ続け、口周りが血だらけの鮎を釣り上げることがよくあります。」。血だらけの鮎とは実に痛々しい。

 

腐る川、消える淡水生物

「近年の温暖化で川の水温が上がってきて、夏に川が腐ってくるんですよ。」

長良川ほどの清流で、“川が腐る”とは、聞いた耳を疑いたくなるような言葉である。詳しく聞くと、「苔を食べる鮎が減っていることに加えて、土砂で流れがなくて滞留しているところは夏場に水温が上がってくると苔が茶色くなって、臭ってくるんです。それを、腐ると表現しているんですよ。」とのこと。

苔が育っても気温も高く食べてくれる鮎も少ない。さらに、豪雨による土砂で生育途上の苔の多くがそげ落とされてしまう。十分な餌がなく、鮎が飢える。まさに負のスパイラルだ。

苔とともに岩や石について育つカゲロウやトビケラなどの川虫も土砂の影響で個体数が減っている。川虫を食べて育つ川底を這うようなカジカやヨシノボリなどの川魚も以前に比べて痩せて少なくなっているいるのだという。

 

消える季節、変わる耕作適地、増える獣

多くの地域で問題になっている鹿・イノシシ・熊などの個体数の増加、市街地への出没も気候変動と関係しているようだ。

わかりやすいのは、越冬する動物の増加である。豪雪地帯である郡上では、春先に凍死した鹿などをよく見かけたそうだが、最近は雪も減り暖かい日が増え、ほぼ見かけないとのことだ。

また、雨の影響で、森の植物の受粉がうまくいかず、餌が不足していることも、市街地や農地を襲う動物の増加とも関係している「最近、山にトリカブトが増えたのです。」どういうことかと聞くと、個体数が増えた鹿が毒性のあるトリカブト以外の植物を食べ尽くしてしまった結果、競合種がいなくなってトリカブトが増えているのではないかという。個体数が多い鹿が限られた植物を食べ尽くし、飢えたイノシシや熊が飢えが人間が暮らす地域に足を踏み入れてくるのだ。

そのほかにも、「急激に温度が下がり、紅葉するべき葉が色づかずに、枯れてしまう」「トマトなどの耕作適地が標高700メートルくらいと高度化している」「山菜やキノコなどがあるはずの時期に、あるはずの場所から消えた」「水量が減り、ラフティングのボートを上流から出せなくなった」など、気候変動の影響は地域での生活、観光業や農業などに様々な影響を与えつつある。

以下のマップは気候変動の影響で生じている郡上(長良川上流域)の課題をSDGs17領域に整理したものである。豪雨や気温上昇などの気象の変化から始まり、川や森の環境変化、鮎・鹿からトリカブトまで様々な生態の変化、そしてこの地で森と川とともに暮らしてきた人々の暮らし・文化・経済の変化にもつながっている。まさに、地球レベルの気候変動が、地域レベルの文化、人間個人レベルの生活に影響を及ぼしているのだ。

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書籍情報

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