KEYNOTE05 今こそ持続可能な観光を考えよう

KEYNOTE05  今こそ持続可能な観光を考えよう

新型コロナウィルスの感染拡大により、地域で最も大きな影響を受けている産業の一つが観光産業であろう。今回から2回にわたって、コロナ禍の地域観光について考えてみたい。

近年、インバウンドと呼ばれる外国人観光客の増加により、多くの地域・観光関連事業者がその恩恵を受けていた。
その状況は一変し、外国人観光客は文字通りゼロになった。移動自粛により、国内観光客も激減している。
日本政府はGo To Travel キャンペーンと題して、旅行代金を支援することで、国内観光需要の喚起策を打ち出している。
このキャンペーンの前提として、外国人観光客の回復まで時間がかかり、日本人の海外旅行もできないので、みんなで今まで通り(三密を回避しながら)、国内旅行を楽しみましょうという考え方が存在する。

しかし、今まで通りで良いのだろうか?いずれ元に戻るのだろうか?2つの意味で疑問が残る。
1つは、新型コロナウィルスは、人と人の交流・接触のあり方を激変させており、交流と関係が前提である観光の価値観にもその変化が及んでいるはずであり、今まで通りの事業は成立しないのではという疑問である。
2つめは、コロナ前の加熱していた観光産業は、地域にとって、地域で暮らす人にとって、そもそも本当に幸せだったのだろうか、そこに戻ることを目指すのかという疑問である。

 

コロナ前の観光産業の課題

コロナ前の時期、日本各地でオーバーツーリズムという課題が顕在化しつつあった。
私自身も全国各地を仕事で訪れる機会があるが、色々な地域で宿泊費の高騰とそれに伴う体験の質低下を感じていた。
短期的に収益が上がる観光客のための店が増え、家賃の高騰や再開発により、地元の人に愛されていた「いい店」が閉店や移転を余儀なくされるケースも多数目にしてきた。昔なじみの商店街が、土産物屋とドラックストアに埋め尽くされた姿に愕然としたこともある。
「生活する場所」から「観光する場所」へと変貌を遂げてしまった地域が多数存在していたのだ。
こうした短期的な観光産業の成長の代償に、地域内には多数の分断が生まれていた。
昔からの既存事業者と新規参入事業者の分断、一次産業・宿泊業・物販業・飲食業の分断、小規模事業者と大規模事業者の分断、地域外からの急激な人とお金の流入が地域内に大きな歪をもたらしていた。

 

ハレ(グローバル)からケ(ローカル)へ

こんなな状況下で直面したのが新型コロナウィルスの感染拡大である。
この拡大に伴い、地域の観光産業と関係が深い未来シナリオの1つが「ハレからケへ」で ある。

リモートワークの普及、外出(特に遠方への)自粛に伴い、多くの人が自宅および自宅周辺 で過ごす時間が増えつつある。
その結果、遠方の繁華街での外食や娯楽、海外旅行等の非日常(ハレ)を満喫する生活から、自宅や近所での家族との食事、商店街や公園での地域住民との交流等、居住地域での日常(ケ)を充足する生活へと、市民の価値観、生活の力点がシフトしている。

海外旅行を始めとした遠方へのレジャーが羨望の対象だった価値観が薄れ、地域の価値が見直されることは地域経済にとってプラスのことである。
日本の地域でたびたび「ここには何もない」という言葉を主に年配の方から耳にするが、絶対にそんなことはない。
豊かで個性あふれる文化が、自然環境が、文化が、暮らしが、食がそこには確実にある。豪華なハレではない、多様なケこそが、世界に誇る日本の遺産である。
何も遠方まで観光に行くことはなく、近場に十分楽しめる場所がある、それがこの日本という国の豊かさの源泉である。
リモートワークや外出自粛により、在宅率・在地域率が高まった人々が今まで気づかなかった地域の魅力を見つけ始めている。ジョギングやウォーキング、自転車を楽しむ人も増え、公共交通や自動車中心の生活では得られなかった出会いも増えている。コロナ禍の地域観光とは、地域で暮らす人が地域を楽しむことから始まるに違いない。
私がお仕事のお手伝いをさせて頂いている高知県佐川町では2016年から10年間のまちづくり施策の目玉(35の計画の中で1番目に登場する)として、「まちまるごと植物園」という取り組みを行っている。

佐川町は日本の植物学の祖「牧野富太郎氏」の生まれ故郷であり、豊かな山野草に一年中彩られる美しい町である。
この町には、いわゆる観光客向けの華やかな植物園があるわけではない。
この町中に点在する公園、森、川沿いの土手などに、珍しい山野草をごく自然と楽しめる場所があふれている。
また、植物を自宅で育てるのが当たり前の地域柄のため、抜群に美しい個人宅の庭がたくさんあり、多くが訪問者を歓迎している。
これらまちの中の全てが「植物園」であり、住民はお客様をおもてなしをするキャストだという考え方である。
住民が自分たちが楽しむために植物を育てており、共感してくれる外部の人とも楽しみを共有するという考え方に基づく観光の取り組みだ。もちろん、その延長線上で宿泊・飲食・物販などの需要も生まれ、地域経済にも貢献する。
出典:筧裕介編「みんなでつくる総合計画」

 

地域住民主体の観光を考える

このコロナ禍にある現在、地域で暮らす人々にとっては、自分たちが求める「観光」とは何なのかを考え直す好機である。
今までの観光は外から来る「観光客」が主役であり、関係する一部の人(観光地・旅館・ホテル・土産物屋・飲食店)がもてなし、お金を稼ぐものという認識だった。
しかし、これからの新しい時代の、持続可能な観光の主役は地域の「住民」に違いない。いかに、住民が楽しめるか、住民が参加できるか、住民が望んでいるものになのか、そこに外部の人も招き入れる、それが「ハレからケ」の時代の観光のカタチなのではないだろうか。

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書籍情報

持続可能な地域のつくり方(英治出版)

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